1:高まるヌックの人気とその背景
ヌックの人気が高まっている
以下のデータは、Googleトレンドによる「ヌック」というキーワードが検索された推移のグラフです。
全体として右肩上がりのアップトレンドであることが分かります。

RoomClipのデータを参照しても、投稿と検索、どちらの水準においてもこの5年で20倍以上となっており、その関心の高さが伺えます。

ヌックとはどんなものなのか
その由来は「アングル・ヌック」からきています。ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典では下記のように説明されています。

RoomClipでもさまざまな形や目的を持ったヌックが投稿されています。
読書を目的としたリーディングヌックはRoomClipで人気の高い投稿です。
食事を目的としたブレックファストヌックも人気です。
他にもゲームをするためのヌックやキッズスペースとして利用するヌックなど、さまざまな目的を持ったヌックがあります。
ファミリー層からの支持が高く、リビングや階段下などのスペースに設けられることが多い傾向にあります。
この「ゆるやかにゾーニングされたこじんまりとした空間」という特徴が、コロナ禍で変容した住まいの在り方のなかで注目されるようになりました。
2:コロナ禍で変容した住まいの在り方と、生じたニーズ
コロナ禍に家の中で増えた3つのこと
コロナ禍においての住まいの在り方の変化について、住文化研究所は家の中における「時間」「やること」「同時に過ごす人の人数」が増えたことが大きく関係していると分析しています。

コロナウイルスの感染拡大の影響によって緊急事態宣言が出され、家の中で過ごす時間が増えました。この点は多くの方が強く実感した部分かと思います。

上図は総務省が2021年に行った「新たな日常」における生活時間等の変化や通信環境との関係についてのアンケート結果です。
この資料によると、緊急事態宣言中、平日の在宅時間が20時間以上になった人の割合は48.1%で緊急事態宣言前の25.2%から大幅に増加しています。
また、仕事やレジャー、外食など、それまでは家の外で行われていたことまでも家の中で行わなくてはいけないという状況になり、RoomClipにもそれらを克服するためのさまざまな工夫が投稿されました。
コロナ禍以前は、日中は家族それぞれが外で活動をし、家の中で一堂に会する時間は限られたものでした。それが一変し、家の中で「同時に過ごす人数」が増えました。
この点に関しては、「時間」や「やること」に比べると見落とされがちな点ですが、住まいの在り方を変化させたひとつの大きな要素だと捉えています。
そして、今回のヌックの人気の背景を探るにあたっては、この「同時に過ごす人数」がキーとなってきます。
ここでまず、コロナ禍を経て家族との時間がどう変化し、それに対して生活者がどう感じたかの資料を見てみます。

上図は内閣府が令和5年4月に発表した「第6回新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」の「家族と過ごす時間の変化」についてのデータです。
2020年の5-6月においては、70.3%の人が「感染拡大前と比較して家族と過ごす時間が増えた」と回答しています。
また「現在の家族と過ごす時間を保ちたい」という声は93%に上り、生活者がコロナ禍によって増えた「家族と過ごす時間」を歓迎し、それを保ちたいという気持ちが高まっていることがわかります。
コロナ禍に生まれたニーズ
コロナ禍を経て「家族と過ごす時間があったらいいな」というニーズが生まれました。
それを裏付けるようにRoomClipの投稿においても「家族の時間」に関連する投稿は427.76倍にも上昇し、家族との時間に対する前向きなコメントが多く投稿されています。

一方で、「1人で過ごす時間があったらいいな」というニーズも増加しています。RoomClipの投稿においても「自分時間」や「パーソナル」といった1人で過ごす時間に関係する投稿が増えています。

自分だけの時間を楽しむ「自分時間」の投稿です。
自分だけの空間を確保するための「パーソナル〇〇」の投稿です。
また、マーケティング・リサーチ会社のクロス・マーケティングが2023年4月に実施した「新型コロナウイルス生活影響度調査」によると、余暇の過ごし方としては「1人・自分だけの時間」の満足度が高く、年々増加傾向にあることがわかります。

下図はマーケティング・リサーチ会社のクロス・マーケティングが2022年11月に実施した「おひとりさま消費に関する調査」です。その内の「1日の中でひとりで自由に使える時間」に関する調査結果によると、87%の人が「ひとりで自由に使える時間」を増やしたいと回答しており、「1人で過ごすこと」「自分だけの何か」のニーズの高まりと、関心の高さが伺えます。

このように、コロナ禍によって住まいの在り方が変化するなか、「家族と過ごす時間があったらいいな」と「1人で過ごす時間があったらいいな」という相反する2つのニーズが生まれました。その結果、「それらのどちらも両立できる空間が欲しい」という、これまで多くの人は意識していなかったであろう新たなニーズが顕在化してきました。

3:ゆるやかに閉ざされたリビング、ゆるやかに開かれた個室
これまでのリビングは家族と共に過ごすために、仕切りのない「開かれた空間」であることが大前提で、そこに「1人の時間」が入り込む余地はありませんでした。
しかし、「家族と過ごす時間と1人で過ごす時間を両立できる空間が欲しい」というニーズの顕在化によって、リビングの「仕切りのない開かれた空間」という在り方が見直されはじめました。
その結果、人気を集めることになったのが「ヌック」です。ヌックはリビングという開かれた空間をゆるやかに閉ざす役目を果たし、そこに「1人の時間」が入り込む余地をつくりだしました。
また、この現象は個人の部屋や寝室といった個室、つまり1人で過ごすための「閉ざされた空間」でも同様に起こっています。
近年、家の中で部屋と部屋の間に設置する窓である「室内窓」がヌックと同様に注目を集めています。
室内窓は個室という「閉ざされた空間」をゆるやかに開く役目を果たし、そこに家族の気配を取り入れることを可能にしました。

4:ゆるやかな境界線が問う住まいの中の「共有」
RoomClipに投稿されたヌックを見ると、さまざまな手法を用いて、壁やドアで区切られるよりもゆるやかな境界線を実現している様子が伺えます。具体的に見ていきましょう。
メインの壁と区別したアクセントクロスで緩やかな境界線を実現しています。
共有スペースの中でも特別なスペースであることを主張するために、開口のデザインも工夫されています。
また、室内窓を用いて、個室の一部をゆるやかに開き、プライベートな空間を保ちつつも家族の気配を感じる空間の投稿も多数あります。
戦後、住まいの中での「家族団らん」の場として普及したリビングは、今でも家族が共に過ごす場としてとても重要視される空間です。一方で、生活者が住まいという限られた空間の中で、誰と何をどのように共有したいのかは時代とともに変化するもので、その変化は2010年代以降のSNSの普及と共にそのスピードを早めています。
今回テーマとして取り上げた「ヌック」はその変化の中で発生した新しい「共有」の在り方を示すひとつのピースに過ぎません。
住文化研究所では時代の流れをいち早くキャッチし、生活者の「共有」に対する意識の変化に今後も注目していきたいと思います。